ザ・ワイヤー® シーズン1~5

Hulu

クライム・ドラマの隠れた秀作は「静かで激しい」群像劇 『ザ・ワイヤー』

米ケーブル局HBO®制作のクライム・ドラマ『ザ・ワイヤー®』がHuluで再配信中だ。2002年から2008年にかけて放送された作品なので、もはやひと昔前ということになるが、優れた内容にも関わらず日本版DVDは発売されていない。未見の方はこの機会にぜひ観て頂きたい。

 2016.9.03

タイトルは盗聴、盗聴器のこと。メリーランド州西ボルティモアの殺伐とした町並みを舞台に、麻薬組織とそれを追う特別捜査班の駆け引きが硬派なタッチで描かれる。アメリカに警察もののドラマは数あれど、『ザ・ワイヤー®』のように刺激的でありつつ同時に繊細な作風のものはあまり観たことがない。
 
ひとことでいえば、犯罪捜査ものにありがちな要素を排した、ドキュメンタリータッチの作品ということになるけれど、魅力はそれだけではない。クライム・ドラマの形を取りながらも、正義の刑事が悪の犯罪者を討つという定番の図式ではなく、麻薬の売人にも家族との生活や信条があり、警察官にも人間臭い過ちや欲望があるということを、野生動物を観察するような冷徹な視点で見つめていく独創的な群像劇なのだ。今作ではどのキャラクターも、警察官や犯罪者であることを除けば、野心や保身、愛情や後悔に翻弄される、どこにでもいるような不完全で平凡な人間として扱われている。
 
個々の場面は、驚くほど地味で静か。劇中でかかる音楽も、場面の中のラジオやレコードから聞こえるものがほとんどで、盛り上げのためだけの劇伴はほぼ入らない。登場人物はとても多く、またその関係性も単純な敵味方では区別できないため、まずは複雑な人間関係を把握するのにひと苦労するかもしれない。また、作られた物語を語るというよりも、実際に生活する人々の生態をのぞき見するかのような撮り方なので、ひとつのシーンを観ただけでは、それがどんな意味を持つ場面なのかよくわからないことさえある。
 
どのシーズンも、あまりに淡々とした話運びに序盤は退屈さえ感じるが、ごくごく小さな展開を重ねるうち、火にかけられた水がゆっくりと湯になり、やがてグラグラと沸騰して鍋からあふれ出すかのように、気がつけば事態の行く末と登場人物たちの運命から目が離せなくなる。個人の些細な行動が組織全体に影響し、逆に組織のルールが個人を打ちのめす。その残酷なメカニズムが興奮と悲哀を伴って描かれる様は圧巻だ。
 
俳優では、インテリ指向の麻薬ディーラー、ストリンガーを物静かに演じるイドリス・エルバ(『パシフィック・リム』『刑事ジョン・ルーサー』)のクールで知的なムードが素晴らしい。今作の製作総指揮、デヴィッド・サイモンは、ボルティモアの新聞社で実際に犯罪記者を務めた人物だそうで、同じボルティモアが舞台のドラマ『ホミサイド/殺人捜査課』の原作も手掛けている。

作品データ

製作年:2002年~2008年

製作国:アメリカ

言語:英語

原題:THE WIRE®

監督:クラーク・ジョンソンほか

脚本:エド・バーンズ

製作:デヴィッド・サイモン

出演:ドミニク・ウエスト ランス・レディック ソーニャ・ソーン ジョン・ドーマン  イドリス・エルバ