野武士のグルメ
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人気ドラマ『孤独のグルメ』と同じく原作は久住昌之。決して『孤独~』のフォーマットを真似した亜流作品などではないのでご心配なく(笑)。『野武士のグルメ』は元々は久住によるエッセイ本で、後に久住自身が新たに書いた原作から漫画化された作品だ(作画は土山しげる)。「食」をめぐるひとりの中年男の話という点は共通しているものの、『孤独~』と『野武士~』は似ているようで少し違う。そしてその「違い」こそが、Netflixオリジナルドラマ『野武士のグルメ』の魅力の核にもなっている。
主人公は会社を定年退職したばかりの元サラリーマン・香住武(竹中直人)。長い人生で初めて自由な時間を手にした彼が、気の向くままに食事やお酒を楽しむ姿が控えめなタッチで描かれる。一方、香住の心のなかに住む空想上の存在が、荒くれた侍の姿をした「野武士」(玉山鉄二)。ついつい周囲の視線やお店の雰囲気が気になってしまう香住とは対照的に、野武士は己の心に正直に、豪快な振る舞いでメシをほおばる。空想のなかの野武士の行動に感化された香住は、ちょっとだけ自分の殻を破って食事と向き合う……というのが基本パターンだ。
『孤独~』が、とにかく食事そのものとの格闘をドラマの主軸としているのに対し、『野武士~』は食事をきっかけとしながらも、もう少しだけ主人公の心の移ろいに寄り添っていく。例えば、昼間の定食屋で飲むビールに隠居の自由さを感じたり、旅館の朝食で出たアジの干物で若き日の活力を思い出したり、イタリアンの高級ランチで自分の小心ぶりを反省したり……。物語というほどの物語はないに等しいけど、ほとんど「さざ波」程度でしかない主人公の微妙な心の動きがなぜかやけに胸に沁みわたるのだ。
今回のドラマ化のニュースで主演が竹中直人と知った時、正直「うわぁ……例のクドいコメディ演技だったらイヤかも……」と思ってしまったのだが、竹中さん、すみませんでした。意外といったら失礼だが、今作での竹中は肩の力が抜けた、実にさらりとした好演を見せる。主人公への共感を呼び起こす要因は、この竹中の佇まいのさりげなさによるところが大きいと思う。
もちろん、ドラマ『孤独のグルメ』同様に原作漫画の表面を単になぞるのではなく、エッセンスを大切にしながらもドラマとして成立するよう、見事な「変換」を行ったスタッフのセンスもあるだろう。例をあげるなら、主人公がうっかり入った中華料理店でまずいラーメンを食べるエピソード。漫画版では後悔とともに店を出る所で終わっているが、ドラマでは家に帰った後、妻が作ってくれたインスタントラーメンの美味しさを噛みしめるという変更がなされている。メインライターは、『孤独~』でも大活躍の田口佳宏。丁寧で効果的な脚色は気分がいい。
男が、それももう若くない男がひとりで食事をする時、それは単なる栄養補給の時間などではない。そこで向き合うのは食事を通した自分自身の内面であり、「食べる」という行為に感じる生き物としての自由さである。そのことを、『孤独~』とは異なるアプローチで伝えてみせた快作『野武士のグルメ』。深夜に夜食でも食べながら、こっそり見てほしいドラマです。
※Netflixで独占配信中
【予告編】
【視聴リンク】
https://www.netflix.com/title/80132738
内容・あらすじ
妻とふたり暮らしの香住武は60歳で会社を定年退職したばかり。誰にも文句を言われない自由な時間を手にした彼は、ひとり飯やひとり酒を思う存分楽しもうとするが……。