覗くモーテル

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アメリカに実在した“屋根裏の散歩者”の奇妙な告白『覗くモーテル』

自らの歪んだ欲望を叶えるためにモーテルのオーナーとなり、客室への“覗き”を重ねてきた男。その異常な人生に興味をかき立てられて取材を行い、物議を醸すノンフィクションを発表しようとするジャーナリスト。友情にも似た固い信頼で結ばれた両者の関係性と、その意外な成り行きを記録したドキュメンタリー!

 2018.1.14

1980年1月、マンハッタン在住の著名ジャーナリスト、ゲイ・タリーズのもとに一通の手紙が届いた。差出人はジェラルド・フースという見知らぬモーテル経営者。何とこの男、自らの覗き趣味を満たすためにわざわざモーテルを購入し、長年にわたって夜な夜な宿泊客のセックスを覗き見してきたというのだ。取材対象としてのフースに好奇心をそそられたタリーズは彼のモーテルを訪ね、実際に覗き見を体験。さらに、自らを人間観察の“研究者”だと称するフースは、数十年間にもわたって“観察日誌”なるものを書きため、どんな年齢や風貌のカップルがどんな性行為を行ったかを詳細に記していた……。
 
もしも自分が旅先で泊まったホテルのオーナーが覗き魔だったら、などと想像しただけでもゾッとしてしまうが、これはコロラド州の田舎町に実在した“モーテル覗き魔”の半生をたどるドキュメンタリー映画だ。しかも80歳近くになった現在の本人、ジェラルド・フースが実名で登場し、自分がどのようにして覗き魔になったか、いかなる方法で誰にも気づかれずに覗きを繰り返してきたかを意気揚々と語っている。映画はその証言に基づき、モーテルの屋根裏に入り浸ったフースが天井の通気口から客室を覗いていたその手口を、イメージ映像とミニチュアのセットで再現。まさしくフースこそは、江戸川乱歩の小説「屋根裏の散歩者」を地で行く男なのだ。
 
言うまでもなく、このような覗きはれっきとした犯罪であり、フースはモラル的にも生理的にも共感しがたい人物だ。しかし画面に登場するフースは外見的にはごく平凡な老人であり、彼の“病的な過去”や“内なる変態性”をセンセーショナルに暴くことが本作の主眼ではない。映画はタリーズとフース、すなわち取材する側とされる側の両者を結びつける信頼関係を描きながら、彼らがたどる思いがけない運命をスリリングに映し出していく。
 
その思いがけない運命とは、タリーズがフースの世にも奇妙な覗き魔人生を一冊の本にまとめたいと申し出たところから始まる。経験豊富で自身の仕事に誇りを持つタリーズは、フースの証言や日誌の真偽を注意深くチェックしていくが、次々と事実関係の矛盾が発覚。もしやフースは、ミステリー小説における“信用のおけない語り手”ではないのか。やがてその疑念は最悪の形で現実のものとなり、タリーズのジャーナリストとしての威信は失墜し、“屋根裏の散歩者”フースは暗闇から引きずり出されるようにして世間の猛バッシングにさらされるはめになる。こんなドラマチックで皮肉な“ひねり”の利いた展開は、ちょっとフィクションでは思いつかないだろう。
 
おまけに、このドキュメンタリーは細部がいちいち面白い。年間あたり2000~3000人という驚異的なペースで覗きを重ねてきたフースが、ある日、宿泊客であるドラッグディーラーによる殺人に図らずも関与してしまったエピソード。そして驚いたことにフースはふたりの妻の承諾を得たうえで覗きを行っており、前妻には覗きの最中に夜食の差し入れまでしてもらっていたという。本作を見る限り、現在の妻とも極めて良好な関係を保っているようだ。もしも筆者がこの映画のディレクターならば、妻にカメラを向けて「どうして覗き魔と夫婦円満でいられるのですか?」と尋ねずにいられないだろう。
 
ちなみにタリーズが30年以上の取材期間を費やした渾身の著作は、「覗くモーテル 観察日誌」として文藝春秋から邦訳が出版されている。この“愛妻家の覗き魔”の謎をより深く探りたい人は、そちらも参照してほしい。
 
※Netflixオリジナルドキュメンタリー「覗くモーテル」独占配信中
 
【予告編】

 
【視聴リンク】
https://www.netflix.com/title/80176212

作品データ

製作年:2017年

製作国:アメリカ

言語:英語

時間:95min

原題:VOYEUR

監督:マイルス・ケイン、ジョシュ・コーリー

出演:ジェラルド・フース ゲイ・タリーズ