ラブソングに乾杯
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動画配信において掘り出しモノを探し当てるのは意外に難しい。“思いがけず発見した面白い作品”を意味する掘り出しモノは、当然あらかじめタイトルが分からないので、ジャンルなどのカテゴリーを入り口にして捜索するしかないのだが、その分類が大雑把すぎていつも困ってしまう。例えば、筆者が最も利用するNetflixではサスペンスやコメディといった分類はまだしも、“海外映画”とか“ハリウッド映画”といったカテゴリーは全く実用性がない。
それでも筆者がよく活用するカテゴリーが“インディーズ映画”だ。これまたハリウッド・メジャー以外の世界中の作品を並べた大味なカテゴリーなのだが、ひと目見ただけでは正体不明のマイナー映画が多数ひしめいていて、掘り出しモノの遭遇率が最も高い。普段はスリラーの物色に余念のない筆者が、主演女優ライリー・キーオの名に引かれて鑑賞した『ラブソングに乾杯』もその1本である。
『マッドマックス 怒りのデス・ロード』(’15)でイモータン・ジョーの5人の妻のひとりを演じて注目されたキーオは、あのエルヴィス・プレスリーの孫娘でもある。『ローガン・ラッキー』(’17)の助演も記憶に新しく、『イット・フォローズ』(’14)のデヴィッド・ロバート・ミッチェル監督と組んだ新作ノワール『アンダー・ザ・シルバーレイク』(’18)も10月13日に公開される(編集部注:記事執筆は2018年9月)。ファッション・モデル出身であるキーオの個性を特徴づけているのは、完璧なまでに整った美貌だ。そんなキーオの“顔”を全編にわたって撮り続けた映画、それが『ラブソングに乾杯』なのである。
キーオが演じるのはニューヨーク郊外の一軒家に暮らす若き主婦サラ。仕事人間の夫はしょっちゅう出張中で、あれこれ理由をつけて家に帰ってこない。結婚生活は破綻寸前で、わがまま盛りの3歳の娘の育児にもノイローゼ気味のサラは、冒頭から虚ろな目を宙に泳がせている。ほんの数分のシークエンスの描写で、こうしたヒロインの人生の現在位置を巧みに指し示すつくり手の演出力も確かだ。
そんな世界から孤立したサラを、大学時代の親友ミンディが訪ねてくる。ミンディは久々に再会したサラの異変をすぐに見抜き、到着した駅からそのまま自動車旅行に誘う。おかっぱのブロンド・ヘアでミンディを演じるジェナ・マローンの“顔”の生々しさもまた鮮烈で、親密さと緊張が静かにせめぎ合うキーオとの化学反応にゾクゾクさせられる。本作はまさに“女優たちの映画”でもあるのだ。
そこはかとなく黄昏れた地方のロデオ会場や遊園地を車で巡るサラとミンディは、小さな宿で親友以上の関係となる。しかし翌日には早くも別れの瞬間がひたひたと迫ってくる。人妻のサラはこの女性同士の愛が報われないことを知っているし、勘の鋭いミンディもそれを悟って帰りのバスの乗車券を買う。サラは「あなたと寝たことは後悔しない」と言うが、人間はいくら懸命に選択や決断をしても間違う生き物である。“後悔”こそは本作のテーマを噛みしめるうえで最も重要なキーワードだ。
実は、ここまでがラブ・ストーリーの前半部。3年の時が流れた第2章では、人生の新たなステージに踏み出そうとするミンディを、今度はサラがサポートする立場となる。そこにも後悔と未来への希望の狭間で揺らめき、このうえなく複雑な感情が浮かんでは消える2人の女優の“顔”がある。
本作の監督は東京フィルメックスで上映された『木のない山』(’08)の韓国系アメリカ人ソー・ヨン・キム。彼女の公私にわたるパートナーであり、同じくフィルメックスで『エクスプローディング・ガール』(’09)が紹介されたブラッドリー・ラスト・グレイが製作、共同脚本を務めている。控え目に不穏なムードを醸し出す音楽を手掛けたのは、今は亡きヨハン・ヨハンソン。ぜひともNetflixには、彼女たちのような優れた映画作家の地味な小品を集めた“アメリカン・インディーズ”というカテゴリーを設けてもらいたいものだ。
※Netflixにて『ラブソングに乾杯』配信中
【視聴リンク】
https://www.netflix.com/title/80098287
*本レビューは雑誌「DVD&動画配信でーた」(KADOKAWA)2018年10月号の「厳選 動画配信の掘り出しモノ」コーナーに掲載された記事の再掲となります。
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内容・あらすじ
夫とのすれ違いや育児に悩む主婦サラは、久しぶりに再会した大学の同級生ミンディと愛し合う。その翌日別れた2人は、3年間音信不通となるが、サラのもとにミンディから結婚式の招待状が届き……。