ベイルート
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ブッシュ政権で副大統領を務めたディック・チェイニーの伝記映画(というには毒と反骨と世間への警鐘に満ちているが)『バイス』(公開中/編集部注:記事執筆は2019年4月)では、チェイニーに成り切るべく20㎏も太ってみせたクリスチャン・ベイル。『バイス』に限らずベイルの肉体改造アプローチはもはやハリウッド神話のひとつになっているが、最初に「ベイルってここまでやるのか!」と映画ファンを戦慄させたのは、ブラッド・アンダーソン監督による2004年の怪作『マシニスト』だった。
同作でベイルが演じたのは、まるまる1年365日眠っていない不眠症の男。そんな状態で生きていられるのか疑問だが、ベイルは役づくりで痩せに痩せて、なんと30㎏近く体重を落としたのだ。その姿はもはや「骨と皮」で、映画の異様なムードと結びつき、恐るべき説得力を生み出していた。
ブラッド・アンダーソンという監督は、キャリアの初期から、こういったトリッキーなギミックを扱うのが巧かった。出世作『ワンダーランド駅で』(’98)は、主人公の男女の日常が別々に描かれ、おそらくこの2人は出逢って恋に落ちるのだろうという寸前で終わる掟破りのラブ・ストーリー。『セッション9』(’01)は、ガチの心霊スポットで撮りましたという触れ込みで、派手なことは特に起きないのにやたらと不穏な気分にさせられる、あまり二度見はしたくない類のオカルト・スリラーだった。
アンダーソンは『マシニスト』のような面妖なサイコ・サスペンスも巧みにさばき、低予算でヒネリの効いた作品をものにする変わり種として90年代末から2000年代前半まではかなりの注目を集めていた。ところがその後TVに軸足を移し、たまに小粒なジャンル映画を監督するくらいで、一時期ほどの存在感は示せていなかった。インディーズから飛び出したやんちゃな若手が、業界の荒波の中で手堅い職人監督になっていくのは決して珍しい話ではない。
そのアンダーソンが「エッジの効いた低予算映画に復帰!」というファンの期待とは真逆にある、大作路線で羽ばたいてみせたのが、80年代のレバノンを舞台にしたスパイ・スリラー『ベイルート』だ。日本ではNetflixオリジナル作品として配信されているが、海外では普通に劇場公開されている。『最後の追跡』(’16)や『ヒットマンズ・ボディガード』(’17)と同様、たまにある「日本限定でネトフリ独占」というパターンである。
主人公は『マッドメン』(’07〜’15)や『ベイビー・ドライバー』(’17)のジョン・ハムが演じる元外交官のスカイルズ。かつては中東の事情通として政府からも重宝されていたのだが、赴任先のベイルートでテロ集団に家族を殺されて一線を退いてしまう。しかし友人のCIA職員が同じテロ集団に誘拐され、交渉人として忌まわしい思い出のあるベイルートに舞い戻る。
脚本を手掛けたのは“ジェイソン・ボーン・シリーズ”(’02〜)や『フィクサー』(’07)で知られる大物トニー・ギルロイ。実際に起きたCIA職員誘拐事件を基に、複雑怪奇な中東問題を絡めたシナリオは、まだ無名だった90年代初頭に書き上げていたのだが、政治的に差し障りがあるという理由で映画化が見送られていたという。
実際、本作はアメリカ、イスラエル、PLOなどさまざまな勢力の思惑が絡み合い、魑魅魍魎が跋扈(ばっこ)する中東問題のリアルを見事にエンタメに落とし込んでいる。スカイルズはテロ組織から、イスラエルに捕まった組織の幹部を取り戻すことを条件として突きつけられるが、テロ組織もCIAもイスラエルの諜報機関も、誰も全貌を掴んでいない。誰もが秘密を抱えて疑心暗鬼になるなかで、交渉や取引は成立するのだろうか?
なかなかに硬派なテーマだが、アンダーソンが意外なほど手堅くさばきながら、お約束のハリウッド映画のパターンに陥ることを巧妙に回避してみせる。アンダーソン、ギルロイ、ジョン・ハムが続投する形で、ぜひシリーズ化してほしい出来栄えである。
※Netflix映画『ベイルート』独占配信中
【視聴リンク】
https://www.netflix.com/title/80195367
*本レビューは雑誌「DVD&動画配信でーた」(KADOKAWA)2019年5月号の
「厳選 動画配信の掘り出しモノ」コーナーに掲載された記事の再掲となります。
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内容・あらすじ
元外交官のスカイルズは、テロ組織に誘拐されたCIA職員救出のため交渉係としてレバノンに呼び戻される。交渉相手は、かつて養子にしようとした現地の孤児カリーム。スカイルズを指名したカリームの本意は?