Queen of Earth

高橋諭治の《輸入盤が恐ろしい!》

第2回『Queen of Earth』

映画の世界は劇場よりもネットよりも広い。気になる映画に国境ナシと海外ソフトのチェックを怠らない映画ライター、高橋諭治が送る輸入盤レポート!

 2016.9.18

湖のほとりで、残酷にこわれゆく女たちの一週間
Queen-of-Earth-2015-DVD-Cover-copy_1
映画のロケーションとしての“川”は何かと便利である。家族ドラマなら自然と戯れる一家の憩いのヒトコマを表現するのにもってこいだし、アクション映画ならハラハラ&ドキドキの豪快な激流下りのシーンを撮ることが出来る。
 
では“湖”の場合はどうか。“海”ほど雄大ではないが、そんじょそこらの“池”や“沼”よりも明らかに面積が広く、水底も深いであろうこの場所は、犯罪映画ではしばしば死体遺棄シーンに活用される。穏やかに揺らめく水面の下には、ひょっとすると人骨を乗せた車が沈んでいるかもしれない……。今回紹介するアメリカのインディペンデント映画『Queen of Earth』は、そんな不穏で秘密めいた想像をかき立てる“湖”のほとりを舞台にした心理サスペンス劇だ。
 
ある土曜日、恋人ジェームズと壮絶なケンカ別れをしたばかりの推定アラフォーの独身女性キャサリンが、親友ヴァージニアの家族が所有する湖畔の別荘に招かれる。自分の人生に多大な影響を与えた最愛の父親にも先立たれたキャサリンは、精神状態の針がネガティブに振りきれている。しかし自然の潤いに触れ、心を癒やすためのバカンスは、たちまち暗転していく。前年の夏、ジェームズとともにこの別荘で過ごした幸福な思い出が脳裏に甦って心をかき乱され、ヴァージニアと親密そうに振る舞う青年リッチの存在もキャサリンを苛立たせる。さらにキャサリンをこの別荘に誘い、優しくいたわってくれるはずのヴァージニアの挙動もどこかおかしい……。
 
心を病んだヒロインが療養のために田舎の水辺にやってくる設定からして1970年代のカルト・ホラー『呪われたジェシカ』を連想させる本作は、16ミリフィルムで撮られたざらついた映像のトーンに加え、繊細さと野蛮さが同居した作風も1970年代の映画を思わせる。シーンの合間に幾度となく挿入される湖面のショットは、外見からは容易にうかがい知れない人間の複雑怪奇な内面を暗示するかのよう。画家とモデルとして他愛のない時間をやり過ごしたかと思えば、お互いを注意深く探るように観察し、時には激しく感情をぶつけ合うキャサリンとヴァージニアの関係は、火曜日、水曜日、木曜日と後戻りできないカウントダウンを刻むようにして危ういテンションを高め、修復不可能なほど捻れていく。
 
TVシリーズ「MAD MEN マッドメン」のペギー・オルセン役で知られるたエリザベス・モスと、『インヒアレント・ヴァイス』でホアキン・フェニックス扮する私立探偵の前に現れる幽霊のような元恋人を演じていたキャサリン・ウォーターストンの演技合戦も圧巻だが、その“こわれゆく女たち”の鬼気迫る混乱、放心、狂気、絶望がこびりついた顔を執拗にアップで捉えるカメラもまた凄まじい。
 
効果的に回想シーンを織り交ぜた“ドラマ”を構築しながらも、アレックス・ロス・ペリー監督は徹底的に映画的表現にこだわって人間の不可解さをあぶり出し、観る者を不気味なほど静まりかえった最終章の金曜日へと誘う。そこにはセリフが一切ない代わりに、残酷な嗚咽と引きつった笑い声が錯綜する。こんな信じがたくも見事なモンタージュで、人間の残酷さや痛みを表現した映画はちょっと観たことがない。
 
“湖”という場所はそこはかとなく神秘的で、美しくも恐ろしい。この映画を観てしまった筆者は、その水面の波紋のようにしばし胸がざわめくのを抑えられないのであった。

作品データ

製作年:2015年

時間:90min

原題:Queen of Earth

監督:アレックス・ロス・ペリー

脚本:アレックス・ロス・ペリー

出演:エリザベス・モス キャサリン・ウォーターストン パトリック・フュジット