ザ・ニック シーズン1
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1900年のニューヨーク。チャイナタウンの阿片窟から出てきた男が大病院“ザ・ニック”に向かう。馬車の中でコカインを射ち、白衣に着替えて向かった先は白い手術室。生死の境にある妊婦の帝王切開手術に参加するのだ。さっきの男と同様腕にいくつも注射痕がある執刀医が、観覧席の見学者に高らかに告げる。「私とサッカリー医師は新技術を習熟した、スピードが大事だから100秒でやってみせる」と。
いきなり100年以上前の外科手術に放り込まれる冒頭のインパクトが凄まじい。当時はコカインに違法性はなかったが、明らかにドラッグをキメた男たちが最先端医療の担い手として“誰も成功したことがない手術”に挑むのだ。
まだ電気照明が普及し始めたばかり、エアコンの登場は30年も後であり、吹き出す血液を吸い取るポンプは手回し式。妊婦にメスが突き立てられる様をカメラは避ける気配もなく、淡々と、しかし一触即発の危機をはらみながら手術の経過を映していく……。
第一話の冒頭、約11分かけて描かれるこのシークエンスだけで、「短編映画の傑作」として語り継がれるレベルのクオリティとテンション。描かれるのは21世紀に生きるわれわれがこの時代に生まれなくてよかったと胸をなでおろす前時代的な外科手術。劇中のセリフによれば「20年前の平均寿命は35歳、それが今では47歳を超えた」頃の話である。しかし主人公たちは医療の新時代を切り拓く気概と情熱に満ちており、そのためなら犠牲者の山を築くことも厭わないのだ。
とんでもないドラマを観始めてしまったと観ているこちら側まで覚悟を強いられる。血が大の苦手という人は避けた方が賢明だと思うが、決して得意ではない筆者は魅入られるように観進めるうちに慣れてしまった。この自分の中の変化も空恐ろしいものがある。
やがてこのドラマは、気鋭の天才医サッカリーを中心に、実在したニッカボッカ病院(ただし1900年時点では別の名前で史実通りではない)を舞台にした群像劇であることが判明する。初めて採用された黒人医師が巻き起こす波紋、横行する贈賄やピンハネ、借金まみれの院長が呼び寄せるトラブル、伝染病の蔓延や人種差別が引き起こす暴動、そしてサッカリーを窮地に追い込む薬物乱用の落とし穴。
しかしダークサイドに偏ることなく、理想や善意も同じテーブルに並べてみせる距離感の妙が実にソダーバーグらしい。ソダバ特有の俯瞰の目線のおかげで、緊迫したシチュエーションでもブラックなユーモアが漂い、つい笑ってしまう瞬間がいくつもある。ただし、底冷えするような戦慄がいつ飛び出してくるかもわからないのだが。
ソダーバーグらしさでいえば、監督自らカメラを担ぎ、編集を想定して必要最小限を見極めるスタイルが冴えわたっている。ほぼ全編手持ちカメラで撮り切っているが、ラフな手ぶれも計算ずくのようにピタリとハマる名人芸が、天才肌の主人公サッカーともダブって見える。理性と狂気の複合物のようなサッカリーはソダーバーグの写し絵なのかも知れない。ちなみにサッカリーは、数々の医療革新を成し遂げながら薬物依存に苦しんだ名外科医ウィリアム・スチュワート・ハルステッドがモデルになっている。
出演者でいえば、サッカリー医師を演じるクライヴ・オーウェンは、陳腐な表現で申し訳ないがキャリアを代表するハマり役だろう。そして狂騒のドラマの光と影を見据える看護師エルキンスに扮したイヴ・ヒューソン(U2のボノの実娘)の、聖と邪を呑み込むような静かな存在感も本作の凄味を裏打ちしていると感じた。
追記:そういえば終盤、とんでもないアクションシーンが飛び出して仰天した。ヘビーな医療ドラマという印象だが、ケレン味の利いた面白映像がブッ込まれていることも書き添えておきます。
[予告編]
※ただしソダーバーグ初のテレビシリーズというのは間違い。2003年に「K Street」という実験的な政治ドラマを発表している。
[視聴リンク]
http://www.hulu.jp/the-knick
※2018年4月よりAmazonプライム・ビデオにて配信中。
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