慈悲
NETFLIX
海外の映画には単語ひとつだけの素っ気ないタイトルがついた作品が結構あって、日本の配給会社やDVDメーカーは映画ファンの気を引こうとあの手この手の邦題をつける。単語ひとつでは内容はおろか、それがどんなジャンルであるかさえも伝えづらいからだ。Netflixの場合は基本的に原題直訳パターンを採用しており、今回紹介する『慈悲』はスリラー系らしいのだが、それだけでは何が何だかわからない。全編を地中の棺桶の中で進行させたサスペンス快作『[リミット]』の脚本家クリス・スパーリングの監督作ということで、さっそく観てみることにした。
舞台となるのは、アメリカのどこにでもありそうな寂れた田舎町の一軒家。その家には年老いた父親とふたりの息子TJとロニーが暮らしており、重病に冒された母親は寝たきりの状態だ。そこに異父兄弟のブラッド、トラヴィスとその恋人メリッサがやってくる。資産家でもある母親は死期が迫っており、父親は医師から彼女を病の苦しみから解放するためのある“薬”を手渡されているが、それを使うつもりはないと4人の息子に告げる。
するとその夜、どこからともなくマスクを被った正体不明の襲撃者たちが出現する。ブラッド、トラヴィスがその不穏な気配を察したときには、なぜかふたりと険悪な関係にある父親、TJ、ロニーは姿を消していた。はたして襲撃者の正体は彼らなのか、それとも……。
かくしてブラッド&トラヴィスの兄弟と謎の襲撃者たちとの熾烈な攻防が繰り広げられる本作は、一見するとアダム・ウィンガード監督の『サプライズ』やNetflixで配信中の『サイレンス』のようなホーム・インベージョン(家宅侵入)映画に思える。そこに死にゆく母親の遺産相続争いが絡んだ家族間の抗争劇なのだろうと勝手に想像していた。
ところが違う。まったく違う。それまでブラッドとトラヴィスの目線で展開してきたストーリーは、中盤にがらっと様相が一変、襲撃者の側へと視点が移り、襲撃事件の意外な背景が明かされていく。ここから先のネタバレは避けるが、スパーリングの巧妙なミスリードにまんまと引っかかった筆者は舌を巻いた。
キーワードはやはり“慈悲(Mercy)”である。慈悲とは“人を憐れむこと”、もしくは“苦しみを取り除くこと”という意味だ。家族、信仰というモチーフを通してこのテーマを探求した本作は、慈悲という言葉の本来の正しき意味がねじ曲げられ、道徳的な矛盾をはらんでゾッと寒気を誘うような慈悲を描いている。ゆえに本作は、わかりやすくて痛快なスリルやカタルシスとは異質の“深遠なる恐ろしさ”とでもいうべき領域に触れようとした野心作に仕上がっている。
結果的にひとつの慈悲を成し遂げるために多くの人命が奪われるわけだが、宗教絡みの異常な事件がしばしば起こるアメリカの田舎ならば、こんな不条理な出来事もありうるのではないかと思わされる奇妙なリアリティが本作にはある。素っ気ない原題直訳タイトルのおかげで、余計な先入観なしに映画に没入できたことも最後に書き添えておく。
※Netflixオリジナル映画『慈悲』好評ストリーミング中
https://www.netflix.com/jp/
[予告編]
[視聴リンク]
https://www.netflix.com/title/80077402