ザ・ライダー

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冷徹さと優しさと美しさが混在するアメリカ辺境を映す“最後の西部劇” 『ザ・ライダー』

中国系の映画監督クロエ・ジャオが、アメリカの辺境でロデオを生き甲斐にするカウボーイの姿を描き出した『ザ・ライダー』。100年前から変わらないようなタイムレスな景色と価値観が映し鏡となって、現代に生きるわれわれ自身を顧みずにはいられなくなる傑作だ。

 2019.6.04

The_Rider_stills_1.2.8映画の冒頭で映し出されるのは、頭に包帯を巻き、衰弱した様子の若者の姿。シャープな美貌と、言葉はなくとも多くを語る眼差しに「あれ? この若手スターは誰だろう?」と頭を捻ってしまうのだが、映画が進むにつれて、ひとつの疑念が生まれ、やがて確信に変わる。
 
「これは映画スターなんかじゃない! 画面の中にいるのは、正真正銘のカウボーイだ!」
 
タネ明かしをしてしまうと、主人公ブレイディを演じるブレイディ・ジャンドローをはじめ、不器用で無骨な父親や知的障害を持つ妹、ブレイディの周りの友人たちもみんな、劇中の関係性そのままにサウスダコタ州バッドランズで実際に暮らしている住人たちなのだ。
 
本作の物語は厳密にはフィクションだが、ブレイディ・ジャンドローの実人生をベースにしている。牧畜と馬の調教で暮らす家に生まれたブレイディは、ロデオ大会で落馬して頭部に大怪我を負い、ロデオはおろか馬に乗ることにもドクターストップがかかってしまった。映画の冒頭は、入院していたブレイディが家に戻り、たったひとり包帯を外すシーンから始まる。彼には、ロデオと馬を奪われた人生をどう生きていけばいいのか皆目見当がつかない。誰の責任でもなく、誰を呪うこともできない状況で、感情を押し殺しつつも戸惑いと不安に包まれるブレイディの日常が美しい景色の中で綴られていく。
 
正直、アメリカ人が出演していて、英語で会話がなされていなければ、中央アジアや南米の半世紀前の話だと言われても気づかなかったかも知れない。それほどまでにブレイディや家族や友人たちの生活はほとんど文明というものから隔絶されていて、ただただ自然や馬を相手にしてきた民族のように見えるのだ。
 
The_Rider_stills_1.1.30監督のクロエ・ジャオは、長編デビュー作となった前作『Songs My Brothers Taught Me』(2015)を本作と同じ地域で撮影していた縁で、馬の調教師として働いていたブレイディと知り合ったのだという。ブレイディが馬と繋がりを育む姿に魅せられたジャオは、ブレイディにカメラを向けてみたいと思うようになり、演技経験はまったくないブレイディに映画の主演を打診した。「もし上手くいかなくても、馬と人間の素晴らしい映像が撮れるはず」と考えていたという(ちなみに劇中でブレイディが荒くれの馬を調教する場面は、初対面の馬を手懐けるブレイディの様子をそのまま撮ったもの)。
 
しかし、語るべき物語の核を見出せないままに時が経つうちに、ブレイディが生命の危機に瀕する大怪我を負い、「からくも一命をとりとめたブレイディのその後」というコンセプトに決まった。ちなみにブレイディ自身はインタビューで「7割はノンフィクションで3割はフィクション」と語っている(劇中での名前もブレイディだが、ブラックバーンという架空の苗字がかろうじて本作がフィクションであることを明示している)。
 
本作の魅力は、なんといってもブレイディという人物の孤高の佇まい。そして彼を取り巻く人々の飾らぬ姿だ。しかし、本作をドキュメンタリー調であるとか自然主義と表現するのは安直に過ぎる。ジャオ監督の凄みは、出演者の誰もが自分自身としてそこにいるだけにも関わらず、普遍的でエモーショナルな物語を成立させていること。演技と素の境界がどこにあるのかはわれわれ観客には知る由もないが、この映画の出演者全員がアンサンブル演技賞を贈られたとしてもまったく不思議じゃないくらいに、彼らの自然体は物語を紡ぐ演技として素晴らしいのだ。
 
The_Rider_stills_1.2.16彼らがなぜ、危険極まりないロデオを愛し、ロデオに人生を捧げようとするのかは、正直外野であるわれわれには理解することはできない。ジャオの演出の聡明さは、その理由を探るのではなく、あくまでもフラットに彼らの存在や価値観を詩のように綴っていること。世界の片隅にこういう人たちがいるという現実を、見世物的な好奇ではなく、驚きと憧憬の目でもって見つめているのだ。そしてジャオのフラットな目線は、貧困や時代の変化によって危機に瀕している彼らの現実をも映し出す。もはやアメリカにおいても彼らは少数民族なのだ。
 
映画の歴史にはペキンパーの『ワイルド・バンチ』(1969)からイーストウッドの『許されざる者』(1992)まで「最後の西部劇」と称される作品がいくつも存在するが、もしかすると『ザ・ライダー』こそが真の「最後の西部劇」になるのではないか。そんな思いにとらわれるほど、本作は儚くそして美しい。
 
蛇足を承知で余談を付け加えると、本作が絶賛されたことでクロエ・ジャオはマーベルのスーパーヒーロー映画『エターナルズ』の監督に大抜擢された。北京で生まれ英国とアメリカで学んだ彼女が、誰も目を向けなかったアメリカの辺境を描いたらハリウッド超大作への切符が転がり込んだ。果たしてどんな作品に仕上がるのか、楽しみと不安をもてあそびながら心待ちにしたい。
 
 
『ザ・ライダー』
デジタル好評配信中 ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

 
【予告編】

  
【視聴リンク(amazon)】
https://www.amazon.co.jp/gp/video/detail/B07K2V4DFL
※その他、各種配信サービスで配信中
※追記:2020年4月現在Netflixでも配信中(https://www.netflix.com/title/80194284

作品データ

製作年:2018年

製作国:アメリカ

言語:英語

時間:105分

原題:The Rider

監督:クロエ・ジャオ

脚本:クロエ・ジャオ

出演:ブレイディ・ジャンドロー ティム・ジャンドロー リリー・ジャンドロー 他