アンカット・ダイヤモンド
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サフディ兄弟の前作『グッド・タイム』(2017)は、ロバート・パティンソンが主演した犯罪映画だ。この映画にはものすごく戸惑った。いま観ているのは何なんだろうかと。正直、犯罪映画と呼んでいいのかもわからない。
難解とは違う。犯罪者の主人公が、病院に収容された弟を連れ出そうとするお話なのだが、連れ出す相手を間違えるのだ。自分の弟なのに。信じられないドジである。
普通の物語であれば、しでかした間違いをなんとか修正するか、もしくは間違いのせいでなにかよからぬことが起きる。でもこの映画は、ずうっと行き当たりばったりで進んでいくのだ。雪だるま式に混沌が膨れ上がり、どんどんどんどん本筋から逸れていく。「いや、そもそも本筋なんてありましたっけ?」とでも居直りそうな不遜さに、とにかくサフディ兄弟の心臓が強靭なことだけははっきりとわかる。
確かに『グッド・タイム』は凄かった。しかし何がすごいのかどうにも消化し切れていなかったのだが、『アンカット・ダイヤモンド』でようやく彼らの凄味が呑み込めた。いや、呑み込める気がしてきた。
本作は『グッド・タイム』に輪をかけて分類不能。ムリヤリこじつけるなら、ダメ人間映画やギャンブル映画と呼べるかも知れない。ギャンブルによってドーパミンが弾ける恍惚状態を描いているという点で、リチャード・ドレイファス主演の『のるかそるか』も思い出す。あれも普通のロジックでは割り切れない、ガチの中毒映画だった。
邦題は『アンカット・ダイヤモンド』だが、原題は『Uncut Gems』。「ジェム」は宝石のことだが、劇中に出てくるのはダイヤモンドじゃなくてオパール。つまりこのタイトルはオパールの原石を指している。
アフリカの鉱山で、巨大なオパールの原石が見つかる。それを手に入れたニューヨークの宝石商ハワード(アダム・サンドラー)がオークションで転売して大もうけしようとする、というのが、一応冒頭で提示される“あらすじらしきもの”である。
しかし同時進行で、ハワードが借金取りに追われているというエピソード、実在のバスケ選手ケヴィン・ガーネットが運がつくからこのオパールの原石を貸してくれとゴネる話、若い愛人との痴話ゲンカ、別居中の妻(『アナ雪』のエルサことイディナ・メンゼル)や子供たちと向き合わないといけないというファミリードラマなんかが全部ゴタ混ぜになって進んでいく。
『グッド・タイム』と同様に、いや、それ以上に本作ではすべてが行き当たりバッタリだ。脚本は映画の設計図と言うが、おそらく脚本を読んでも「いま何が起きているのか」「話がどこにが向かっているのか」がサッパリわからないに違いない。ただ、ハワードの天井知らずの身勝手っぷりに呆れつつも、ずっと荒馬にでも乗っているようなハイテンションに観ているこちらまでトリップめいた中毒症状を催してくる。
近年、従来のストーリーテリングのナラティブから逸脱しようという映画が増えているように思う。アプローチはさまざまだが、間違いなくサフディ兄弟はその極北にいる。この映画を観ても多くの人がすんなり呑み込めない気はするし、自分だって呑み込めているとは到底言えないのだが、映画全体から分泌されるドーパミンがこちらにまで伝播するようなこの感じこそ、サフディ兄弟が作品からたちのぼらせようとしているものではないだろうか。
付け足しのようになるが、原題では「Gems」と複数形になっている。サフディ兄弟のインタビュー記事などを読むとヒントは与えられているのだが、数多い登場人物の誰と誰が「Uncut Gems」なのかを考えながら観直すのもなかなかに楽しい。そしてワンオートリックス・ポイント・ネヴァーことダニエル・ロパティンによるジョン・カーペンター的なシンセ音楽も、本作の捻じれた魅力を増していることも言い添えておきたい。
※Netflix映画「アンカット・ダイヤモンド」独占配信中
【予告編】
【視聴リンク】
https://www.netflix.com/title/80990663