
平原のモーセ
ShortCuts編集部
©BEIJING IQIYI SCIENCE & TECHNOLOGY CO., LTD.
幻想的なビジュアルに吸い込まれる『ゴッドスレイヤー 神殺しの剣』
短編小説集『飛行家(原題)』(’17)に収録された「刺殺小説家(小説家殺し)」は、『ゴッドスレイヤー 神殺しの剣』の邦題で2022年に公開。小説家の路空文が執筆した「殺神(ゴッドスレイヤー)」というタイトルの異世界の物語によって、現実が変えられていくファンタジーアクション大作だ。6年前に行方不明になった娘を探し続ける関寧は、娘の居場所と引き換えに巨大企業から路空文の暗殺を請け負う。
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何機もの気球が連なってできた体のドラゴンが空を舞い、ゴルフボールが武器になり、燃えるような赤い髪に青い肌の鬼と戦う世界観は、一見トンチキなようにも見え得る。しかし後述の2作品とも共通する、全編を通して漂う寒々とした空気感とのコントラストがビジュアルの美しさを引き立たせ、ギレルモ・デル・トロ作品とも比較されるほど壮大なものに仕上げている。
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今作の主演は、『YOLO 百元の恋』(’24)でのだらしない男の演技も印象に残った雷佳音。張震や辛芷蕾といった豪華ゲストが出演する続編も既に撮影を終えており、現在公開準備中だ。
殺人事件が暗い影を落とした街で懸命に生きる人々を描く「平原のモーセ」
日本でも唯一翻訳されており、『中国現代文学 24』(ひつじ書房、’22)に収められた短編「平原のモーセ(原題:平原上的摩西)」(大久保洋子訳、原語での出版は’16)は、別々の製作陣によって映画とドラマシリーズというふたつのメディアで映像化された。2023年のドラマ版は第73回ベルリン国際映画祭でワールド・プレミアされ、第36回東京国際映画祭のTIFFシリーズでも全6話を一挙上映。中国の配信サービスiQIYI(アイチーイー)の国際版で(日本語字幕はAIによるものだが)観ることができる。
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荘徳増と傅東心の夫婦、その息子荘樹の3人家族を中心に描かれたこのドラマは、1990年代に瀋陽市の工業地帯である鉄西区で起きた殺人事件の影を常に背後に潜ませながら進む。
工場が次々と撤退し多くの人が職を失う経済的混迷の真っ只中、たくましく生き抜いていく徳増と、いつも本を読んでいて決して人付き合いは得意ではないが確固たる軸を持つ東心。最初の二人のお見合いのシーンから、「私の空想好きなところが嫌じゃなかったら、私達一緒に暮らせると思う」と割り切った態度をとる東心が女性のキャラクター像として珍しく、引き込まれる。
やんちゃな樹は問題を起こしてばかりだったが、喧嘩で何度も拘置所の世話になるうちに知り合った若い警察官の影響を受けて警察学校に入学、やがて刑事になる。
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もうひと組鍵となる家族が、近所に住む樹の幼馴染の李斐と父親の李守廉だ。東心は斐の聡明さに気づき、家庭教師として文学や音楽を教えることを申し出る。しかし守廉は徳増のような管理職ではなく、男手ひとつで娘を育てる労働者。斐は荘一家と離れてから学才を伸ばす機会にも恵まれず、苦難の道を歩むことになる。
「時代に取り残されがちな、しがない庶民の浮き沈みや哀愁や寄る辺のない悲しさを描くことに関心を持ち続けている」と語る双雪涛の作品において、特に守廉のような社会の周縁でもがいている人々が登場人物の大半だ。守廉は双雪涛の少年時代に近所に住んでいた中年男性がモデルだという。その淡々とした語り口は、全てを諦めたような厭世観を纏いながら、登場人物へのどこか温かい眼差しも湛える。
ドラマはそこに当地を知らない者も敏感に感じ取れるような郷愁を吹き込み、印象的な光の使い方や長回しショットで重厚感を与えている。侯孝賢や賈樟柯作品などでも国際的に知られる半野喜弘の物憂げな劇伴も、効果的に差し込まれる。
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死と向き合うまでの友との旅路『わが友アンドレ』
第37回東京国際映画祭のコンペティション作品としてワールドプレミアとなった『わが友アンドレ(原題:我的朋友安德烈)』(’24)の同名原作は、「平原のモーセ」と同じ短編集に2016年に掲載された。映画化にあたってメガホンをとったのは、前述の2作で主役の一人(路空文と荘樹)を演じた董子健。これが監督デビュー作となる彼はタイトルロールのアンドレを演じ、双雪涛原作作品3作目の出演となった。
監督兼アンドレ役の董子健、李默役の劉昊然(リウ・ハオラン)、李默の母親役の殷桃(イン・タオ)
かねてから監督業にも進出したいと語っており、30歳で念願を果たした董子健は、『山河ノスタルジア』(’15)などの賈樟柯作品をはじめとする映画とテレビの世界でキャリアを重ね、20代からプロデュース業にも手を出している。今作はその縁深さから自ら手に取った題材かと思いきや、別の出演作品の製作者から薦められたという。脚本も張維重と共同で自ら手がけた。
『わが友アンドレ』の主な舞台は、「平原のモーセ」と同じ瀋陽市鉄西区。父の葬儀のために故郷へ向かう李默は、中学卒業以来会っていなかった友人・安徳烈と飛行機で再会する。人違いだと言い張るアンドレだが、話が噛み合わないままに二人は道中を共にする。実際に鉄西区が舞台とされるシーンになるのはほとんどが回想内で、二人の少年時代が現在パートと同じくらい、あるいはそれ以上の比重で描かれる。
©Huace Pictures & Nineteen Pictures
主演は「唐人街探偵」シリーズ(’15、’18、’21)で知られる劉昊然。董子健の親友でもあり、「平原のモーセ」の映画版『平原上的火焔(原題)』(’21)で同じ荘樹役を務めたという経歴がある。
彼の顔を正面からアップで捉えたショット、吹雪の中や夜間の外界を排除したようなシーンの多さから、本作は身近な人の死を直視せざるを得なくなった李默の内面に深く潜ろうとしているように見える。しかし監督自身が東京国際映画祭の上映後トークで語ったように、子どもの頃の記憶は曖昧で不確かだ。その感覚を表現するためか、人々の営みがしかと刻まれていたドラマ版「平原のモーセ」と比べ、本作は回想シーンもどこか街に情感がない。狙い通りではあるのかもしれないが、内に向かうことで掬い出される普遍性より、外の世界を生き生きと描くことで浮かび上がる苦さや悲しみのほうが、この作品の魅力を引き立たせられたのではないかという気がしてならない。
少年時代のアンドレをドラマ「慶余年~麒麟児、現る~」で知られる韓昊霖、李默を遅興楷が演じた ©Huace Pictures & Nineteen Pictures
撮影監督は董子健が「平原のモーセ」の制作時に出会ったペマ・ツェテン監督作品などで知られる呂松野が担当。王家衛作品など数々のヒット作で美術や衣装も手がける張叔平を編集に、美術に劉強(『迫り来る嵐』’17、『鵞鳥湖の夜』’19)、スタイリングに呂鳳珊(『ラスト、コーション』’07、『無名』’23)を迎え、豪華ベテラン陣に支えられた門出となった。若手役者と合わせ新旧の才能をまとめ上げた監督の今後に期待したい。
参考文献:
「[本の紹介]双雪涛《平原上的摩西》」趙暉、『中国現代文学 23』(ひつじ書房、’21)
「ゴッドスレイヤー 神殺しの剣」
Blu-ray & DVD発売中
発売・販売:ツイン
U-NEXT、Huluで見放題ほかレンタル配信中
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「平原のモーセ」
iQIYIにて見放題配信中
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