ナルコス
NETFLIX
映画ファンであれば、どこかでパブロ・エスコバルの名前に出くわしたことがあるはずだ。悪名高き麻薬シンジケート、メデジン・カルテルを作り上げたコロンビアの大富豪。今年3月に公開された映画『エスコバル 楽園の掟』(2015)では名優ベニチオ・デル・トロが怪演していた現代史における伝説的人物である。
その波乱の生涯を描く伝記ドラマとして鳴り物入りで製作された『ナルコス』だが、日本向けとしては少々キャッチーさに欠けたかもしれない。特にラテン系がメインのキャスト陣は知名度が低く、一番のスター扱いがルイス・ガスマンというのも通好みが過ぎて可笑しいくらいだ。ガスマンはワニと豚を足したような強烈なルックスの名脇役だが、熱心な映画ファン以外で顔と名前が一致する人は少なかろう。
しかし、である。『ナルコス』が猛プッシュされたのには相応の理由がある。最大の注目ポイントはブラジル出身の映画監督ジョゼ・パジーリャの参加だろう。パジーリャはシーズン1の製作総指揮と1話、2話の監督を担当しているが、パブロ・エスコバルという悪の伝説を描くにあたってこれ以上の適任者はいないからだ。
【ジョゼ・パジーリャ:“南米史上最も売れた映画”をモノにした鬼才】
パジーリャのデビュー作は、リオデジャネイロで起きたバスジャック事件の裏側に迫ったドキュメンタリー映画『バス174』(2002)。行き当たりばったりの犯行でバスジャック事件を起こしたスラム育ちの青年が、実は警察によって虐殺されたストリートキッズの生き残りだった背景を解き明かす、ブラジル社会の闇を描いた衝撃作だった。
そして初の長編劇映画『エリート・スクワッド』(2007、NETFLIXで視聴可)では、『バス174』でストリートキッズを虐殺した当事者とされている実在の警察特殊部隊B.O.P.E.を主人公に据えて、警察版『シティ・オブ・ゴッド』のような苛酷な暴力の日常を描き出した。
同作でのB.O.P.Eの扱いは、凶悪犯罪に対抗するためにギャング顔負けの狂暴さで臨むカルト集団。正義の暴走によって善悪の差異が消え失せる狂気じみたリアリズムはブラジル国内で大論争を巻き起こし、ベルリン国際映画祭では金熊賞に輝いている。
さらにパジーリャは続編『エリート・スクワッド/ブラジル特殊部隊B.O.P.E.』(2010)を発表。仁義なき警察と犯罪組織の攻防はもはや政治や国家のレベルにスケールアップ。南米諸国が抱えている混迷をあぶり出す大問題作となり、なんと南米史上最高の興行収入を記録したのだ。この二部作が日本で劇場公開もされなかったことは未だに口惜しいが、その件はひとまず脇に置く。
続いてハリウッドに招かれて監督したリメイク版『ロボコップ』(2014)は、スタジオの干渉もあって自由な環境で撮れたとは言いがたいが、それでもなお欺瞞大国アメリカへの厳しい批判を展開。ハリウッドメジャーの娯楽大作とは思えない反骨精神に満ちた作品に仕立て上げた。
常に正義と悪のせめぎ合いを描き続けてきたパジーリャが、巨悪の象徴であると同時に民衆の英雄でもあったエスコバルに惹かれたのも当然と言える。エスコバル役は『エリート・スクワッド』二部作に主演し、『エリジウム』では近未来の革命家を演じていたヴァグネル・モウラ。悪を憎悪するB.O.P.E.の鬼隊長から麻薬取引でのし上がる下剋上の帝王へ、真逆なようで紙一重な転身である。
【パブロ・エスコバル:ガチで大統領になろうとした麻薬王】
『ナルコス』が描くのは、70年代初頭にはコロンビアの片田舎の密輸業者だったエスコバルが、アメリカをコカイン漬けにして巨大麻薬カルテルの帝王にのし上がっていく姿と、アメリカからコロンビアに派遣されてエスコバルの逮捕に執念を燃やすDEA捜査官たちの苦闘だ。
まず冒頭に「事実に着想を得た創作であり、人物、場所、事件等は架空のものです」と但し書きが出るのだが、ぶっちゃけこれは配慮にすらなっていない大ウソである。コロンビア大統領や政治家を含む膨大な登場人物がほとんど実名で登場。エスコバルがやってのけたケタ外れの悪行を、ほぼ実話に忠実に、迫真の実録ドラマとして描いているのだ。
エスコバルのコカイン商売の成功は尋常ではなく、経済誌フォーブスが発表する「世界の大富豪ランキング」で7位に選ばれたほど。しかも故郷メデジンの発展や福祉にも大金を注ぎ込んで英雄扱いされ、大統領の椅子を狙ったのか国会議員にまで立候補。大衆の人気を利用し、強引な選挙戦を駆使して本当に当選してしまったのだ。
考えてみてほしい。実話でもフィクションでも悪い政治家はゴロゴロいるが、エスコバルは公式に逮捕されていないとはいえ、国中の誰もが麻薬王だとわかっていたのだ。それが議員に選ばれてしまうのも異常だし、本気で大統領になれると思っているエスコバルの狂気も凄い。当時のコロンビアのカオスな世情が伝わってくるエピソードだ。
もちろんコロンビア政府だって野放しはしておくつもりではない。結果、政府や軍、反政府ゲリラ、アメリカ大使館とDEA、エスコバルが育ててあげたメデジンカルテルとライバルのカルテルの思惑が絡まり合い、壮絶な乱世へと突入していく。ドラマ前半のクライマックスはエスコバルの国会進出だが、そこから先の展開はイカレた方向へとエスカレートしていく一方だ。
証拠隠滅のために国の最高裁判所を焼き討ちにしたり、大統領候補を白昼堂々暗殺したり、エスコバルの暴走には口があんぐり。不謹慎ながら、目的のためなら手段を選ばないエスコバルには悪の痛快さが宿っているし、打倒エスコバルのために自らの手を汚していくDEA捜査官たちがたどる苛酷なケモノ道からも目が離せない。しかしふとコレって実話だよなと、仁義なき戦いの裏で踏みつけにされる民衆の存在を思い出した時、ドラマとしての強烈な面白さは背筋の凍る戦慄へと転じるのだ。
【2016年9月配信予定のシーズン2は地獄への片道切符?】
シーズン1の最終回は、自ら作り上げた要塞のような特殊刑務所「カテドラル」から脱出するところで終わっている。エスコバルの生涯を知っている人は、ここでふと首をかしげるかも知れない。というのも、2016年9月にはシーズン2が配信される予定なのに、エスコバルの壮絶な最期を遂げるまで物語的には1年余りしか残っていないのだ。
実はエスコバルの生涯を描いたドラマシリーズは祖国コロンビアで先行して製作されている。『パブロ・エスコバル 悪魔に守られた男』のタイトルでNETFLIXでも視聴できるのだが、これがなんと全74エピソードの超大作。しかし74エピソードをもってしても、エスコバルの脱獄以降は最後の4話分で処理されているのみ。『ナルコス』はその1年間をシーズン2まるごとかけて描く可能性がある。仮にシーズン1と同じ全10話だとしたら、滅びへのカウントダウンがじわじわと、そしてじっくりと描かれることになるはずだ。
ちなみにNETFLIXでは関係者や当時を知る人々のコメントを交えたドキュメンタリー『パブロ/エスコバルが作り上げた時代』も配信されており、こちらでは本物の記録映像をたっぷり観ることができる。エスコバル三昧の毎日を送りたい人には夢のような環境が整っているではないか。とはいえ、筆者もさすがにコロンビア版の全74エピソードのはハードルが高すぎてまだ手が出せていないのだが、せっかくなのでこの勢いで全網羅してみようと思います!
内容・あらすじ
1973年のチリでピノチェト政権が麻薬組織の取り締まりを強化。弾圧から逃れたコカイン製造人のマテオ・”ゴキブリ”・モレノはコロンビアに渡り、国内第二の都市メデジンで密売業にいそしむパブロ・エスコバル(ヴァグネル・モウラ)と手を結ぶ。1980年代に入ると、エスコバルが作り上げた「メデジン・カルテル」はアメリカのコカイン市場を独占する巨大組織へと成長していた。一方、マイアミ勤務だった麻薬取締局(DEA)の捜査官マーフィー(ボイド・ホルブルック)は、コカインの出所を突き止めるべくコロンビアに赴任。やがて麻薬カルテルとコロンビア政府、アメリカの三つ巴の戦いへとなだれ込み、マーフィーはその渦中に巻き込まれていく。